ハナモミジ

ハナモミジ

【ディプロマ便り】特別じゃないしあわせ

倉敷市駅から電車に乗り込み、清音駅で広島方面へ走るローカル線の井原鉄道に乗り換えた。
この日は季節はずれのお天気で、4月初旬だというのに夏のような日射しが窓から降り注ぐ。

列車は大きな川を渡り、また小さな川に沿ってガタンゴトン…
強い日射しに目を細めながらも、懐かしい感じのこの揺れが心地よかった。

降り立った町は静かだった。
麦わら帽子をかぶりながらナビを頼りに田んぼ道をテクテク歩いていると、すれ違いざまに地元の方であろうおばさまが「こんにちは」と微笑みかけてくれた。

ほのぼのとした気持ちで住宅街に入っていったところで少しの違和感を覚え、ハッとした。
昔ながらの古めかしい家々に、真新しい家がところどころ入り混じる。そして以前は家が建っていたであろう空き地がチラホラと。

 

ここは岡山県倉敷市真備町。2018年7月の西日本豪雨で大規模な水害に見舞われた地域だ。
言葉にならない気持ちが胸をかすめながら、ようやく今回の目的地に到着した。

 


 

ありふれた日常の大切さ

岡山県倉敷市真備町でブリコラージュフラワーのお店『atelier KLEE』を営む、南 理恵さん。
旦那さんと犬猫ちゃん6匹の大所帯。お隣には旦那さんのご両親が暮らしている。

「まさか電車で来たの!?」と、驚きを隠せない表情に相変わらずのかわいらしさが覗いた。

―― 住宅街に空き地が目立ちましたが、被災の影響でしょうか?

南さん:そうですね。やっぱり家を倒して帰って来られない人もいるし。でもこの辺りは結構帰って来られて、うちはリフォームして3年くらい経ったんですけど。

あの日ダムの放流などもあり、本流の高梁川に流れ込んでいる支流の小田川が決壊した。さきほど歩いてきた田んぼ道やその一帯の家屋はすべて浸水し、この日列車を降りた鉄橋上にある川辺宿駅で避難している人の様子なども当時はよくニュースに出ていたそうだ。

南さん:ここも1階は全部浸かったんですよね。当時物置みたいな感じだったので。隣の自宅も2階ギリギリ。うちが平屋なのでほぼ浸かっちゃって。

―― 当時はどの辺りまで避難されていたんですか?

南さん:この辺りから車で10分くらいのクリーンセンターっていうゴミ焼却場。ちょっと小高いところにあって、当時は犬が2匹だったのでシーヤとハチ2匹連れて結構早めに逃げたんですよ。だから水が上がってくる様子とかも見ていなくて。見ていたらやっぱり怖かったみたいですけどね、2階に避難してどんどん水が上がってきて。

 


▲左から、シーヤ、ウタ、ハチ

今では平穏な日常。
水害により受けた傷や感じ方は人によってさまざまだろうけれど、きっとこの地域のみならずたくさんの人々の協力で日常を取り戻してきたのだろう。

 


 

しあわせのバトン

冷たいお茶をいただきながらほっとひと息つくと、お店の外から子供たちのキャッキャッとした声が聞こえてきた。

南さん:ここはね、夫のおじいちゃんが昔自動車部品の工場をしてたんですよ。私おじいちゃんには会ったことがないんです。もう結婚する前に亡くなったので。おじいちゃんとおばあちゃんとおばさんとかも働いていて、結構近所の方も働きに来られていたみたいで。

―― この辺りでは馴染みある工場だったのですね。

南さん:そうなんでしょうね。ここで働いていたよ~っていう人がチラチラ覗いてくれますね。しばらくは物置みたいなかたちになっていて、義理の父が木工作業とか好きなので、今は店の裏が木工作業の場所と物置になっているんです。

店の裏を覗かせてもらうと、義理のお父様が作ってくれたという見慣れないおしゃれなウッドプランターが置いてあった。

これを本当なら逆さまで使うものを、上を下にして。これに合わせてアイアンを組んでもらいました。

―― お店を造る際に地元の方々の協力もあったようですね。

南さん:この辺の建具は、古民家を明日解体するから要るものがあったら言ってねと友人が声をかけてくれて。それをもらってきて。


▲昔の手芸用品店にあった長持(ながもち)


▲オランダ製の洗濯絞り機はアンティークショップから

―― こういうものは買いたいと思っても、今なかなか手に入らないですよね。

南さん:なかなかね、そうなんです。これ(上写真の建具)がリフォームする前の水に浸かった家の床板です。全部剥がして、この木材が好きでとっていたんです。味わい深いですよね。

今の時代、新しく買い揃えるのは簡単だけれど、どこかの誰かが長年大切に使っていたであろう家具や建具に新たな役割を担い、使い続けていくことの尊さ。そして水害により受けた傷と向き合う姿に大きな意味を感じた。

 


 

ゆっくりじっくり

―― 『atelier KLEE』を開店されたのはちょうど1年前ですね。どんなきっかけがあったのですか?

南さん:私は以前、障害のあるこどもと関わる仕事をしていました。元々そういう仕事をしたくて大学でもそういう勉強をして。だから作業所をしたかったんです。ここに場所があったし、それはもうずっと前に思っていたことで。

南さん:水害を機に近所の人とかお年寄りのすごく元気がない姿をみて、なにかここに人が集まれる場所があるといいなって。それが別に障害があるとかないとか、子供でもお年寄りでも誰でもいいんだけど、ちょっと立ち寄れるような場所ができたらいいなっていう想いがあったのと、あとは動物や植物に関係する仕事がいいなと思って。

 

南さん:色々そういうことを思っていた時にYouTubeで見たんです。うちテレビもないしYouTubeとかも見ることないんですけど、たまたまですね。トメさん(フラワーショップいなとめ)と小森先生と何人かの方が作られている動画を見て、ハッ!っと。これ勉強したい!って。

―― ブリコラージュフラワーの何が魅力ですか?

南さん:そうですね、やっぱりその時の自分が出てくるというか。組み合わせ方も無限だし、変化していく様子も楽しいし。もともとものづくりって嫌いじゃないんですけど、没頭するっていうことがあんまり私はなくて。けれどなんかお花はずっと続けていられるなっていう感じはありますね。

―― 無理なく好きでね。出逢えてよかったですね。

南さん:ですね。生きてるからかな、なんかこう変化があるじゃないですか。小森先生もよくお花と話すっていう感じで言うけれど、やっぱりきっとうまく植えられなかった時とかも会話が足りていないじゃないけど、どうしてそうなったのかなっていうのを考えたりしますね。

南さんの作品はとても繊細で美しい。
自分のことを“何に関してもゆっくりじっくり”と表現されていた南さん。作品を見ると、じっくりお花と会話をしていることが伝わってくる。

それはお店の雰囲気にも表れていて、ここに居心地のよさを感じる人は少なくないだろう。

 


 

人と人をつなぐもの

地域のイベントにもちょくちょく参加されている南さん。
近所の仲良し美容師さんといっしょに取り組んだり、声をかけてくれたところへ出店をしているという。


▲南さんお手製の黒板も。やさしい雰囲気が伝わってくる

南さん:イベントに出て、アイアンの植物を置くような台を作られている方にお会いしたりだとか、お野菜を作られている方がこの間レッスンに来てくださったりだとか、そういうつながりもあるし。インスタグラムつながりがきっかけで、不思議と高校の同級生との再会が続いて。明日もイベントに来てくださるんです。

つながった友人の中にはガラス職人さんもいるようで、いつか友人が作ってくれた器にブリコラージュをしたいという楽しみもできた。


▲とあるお客様から「馬もいるんですか~?」と(笑)話のきっかけにもなっている素敵なイラスト

南さん:お店のイラストも真備町出身のイラストレーターさんを紹介してもらって。よくお客さんに褒められるんです。私描いたんじゃないけど(笑)自慢なんです。

南さん:自分ひとりじゃできることは限られているから、いろんな人にお世話になって。いいなと思った人には自分から声をかけるということはしますね。

こうしたい、こんなことしてみたい、そんな想いをしっかり持っているからこそ、それに共感してくれる存在が現れる。ブリコラージュフラワーが人と人をつなぎ、可能性を広げてくれている。

 


 

静かなる決意

店内を見渡すと、バスケットの裏にこっそり隠れていたかわいらしいイラストの絵本に目が止まった。

南さん:3冊あったんですけど水に浸かっちゃって1冊だけ残ったんです。かわいいでしょ、チェコの絵本。

―― 植物の絵本もありますね!町の子供たちを集めて絵本の会とかできそうですね。

南さん:そう、本を置きたいと夫は言っていて。ホコリとかすごいから今私はちょっと管理できないよって言ってますけど、それまた美容師さんと話していて。美容室にも本を置いているんですけど、美容室で借りてどっちに返してもいいよ~っていう小さい図書館みたいなのいいねって。

ひとつひとつ言葉を選びながら丁寧に話をしてくれる南さん。
子どもたちに語りかけるようなやさしい声で絵本を朗読する姿が目に浮かんだ。

 

南さん:今も人が緩やかにつながる場所になってきているなと思うので、それを続けていきたいなという想いはある。それとせっかく家が隣なので家のお庭を綺麗にして、実際に植えたらこんな感じ〜と見てもらえるようにしたい。ドッグランがあるから犬を連れて来たお客さんが犬を遊ばせている間にブリコラージュをするとか。そんなこともしていきたいです。

お店をはじめて1年。南さんのペースでゆっくりじっくり積み上げてきたこの空間が、誰かにとっての安心できる場所、息つくことのできる場所になりつつある。
“植物に触れられる場所” 以外の意味合いをこの空間に持たせてきたことが、人がふらっと足を向けたくなる理由に繋がっているように感じた。

 

ふとガーデンに目をやると、のびのびと葉を広げるユーカリの木があった。
もともと鉢植えだったユーカリの木が浸水した後も枯れずに生き延びていたため、鉢から外して地植えにしたら3〜4年でここまで大きくなったのだとか。

あの日凄まじい経験をしたユーカリの木が、なんだかたくましく生きるこの町の人々を象徴しているかのように見えた。

(つうしん部 よっしー)

 

『atelier KLEE』のKLEEはドイツ語で「クローバー」という意味です。
お店のロゴに三つ葉のクローバーがありますが、三つ葉のようにどこにでもあるありふれた幸せを大切にしたいという思いが込められています。

お店では花苗・器等販売のほか、ブリコラージュフラワーレッスンを行っています。
かわいらしいワンちゃん猫ちゃんにもぜひ会いにきてくださいね♪

住所/岡山県倉敷市真備町川辺1295-4
電話番号/086-697-5267
Instagram/https://www.instagram.com/atelier_klee 

 

過去配信分の『ディプロマ便り』はこちらからご覧いただけます。

2022.06.21

よっしー yoshi


ハナモミジ / 編集・オンラインショップ【好きな食べ物】いちご、モンブラン、韓国料理【趣味】BTS
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